父、勝太郎は東京都青山で建設業を営む家に生まれ、幼い頃から絵を描くことが大好きで、その生涯は他の職業につく事も無く、絵一筋に一生を貫き通しました。
昭和14年から16年まで東京上野にあります、日本画壇の巨匠 横山大観先生のもとで 修行を重ねてきました。
その後、独立し日本画家として東京での展示会等へ出品を行い創作活動を続けておりました。
間もなくして戦争が始まり、やがて戦局の悪化をたどり東京が空襲されると言う事で、仙台へ疎開しました。
暫くして、戦争が終結し、仙台、東京周辺にも米軍基地が建設され知人の紹介により軍関係者に絵の販売を昭和42年頃まで続けておりました。
戦後の混乱期で衣食住が先行する中、国民の芸術に対する関心度は低く、絵が売れず家族が生活して行くのは大変な時代でした。母はこんな父に対し愚痴もこぼさず、役所を勤めながら優しく見守って支えていました。
父が昭和52年70歳で亡くなりその後は休眠状態でした。
私が平成20年に退職し時間に余裕が出来、残された作品を整理し、平成21年12月より東京近郊、仙台市等でこれまでに40回展示会を開催し、記録しているだけでも約5,000人の方に見て頂き、心温まる感想に励まされ、これからもライフワークとして続けたいと思います。
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